これからの話
どうも、こんにちは。
暑いですね。僕はこの環境の変化についていけず、立ちくらみがひどいです。
最近、考えているのは大学生活の使い方。
大学生だから、大学生だからこそできることとはなにか。
大学生のうちにしておかなければならないこととはなにか。
大学の固有性は結局授業なのか・・・
大学のうちにしておいたほうがよいこととして、よく言われるのが、
「海外旅行」「バイト」「優秀な人にあうこと」「人脈づくり」とかとか
でもそれって大学に入っていなくてもできる。時間なんかいくらでも作ろうと思えば作れる。アメリカのギャップイヤーみたいに、学校に進学しないという時期を作れば。
バイトもしかり。
優秀な人に会うだって、高卒でベンチャーとかに就職して自分を早く高めれば、どんどん機会は入ってくる。
それって授業料とは全く関係ない。授業料を支払う見返りとしてのものではない。
結局授業料の見返りは、卒業証書なのだろうか。
結局授業をどう生かすか、これが大学の固有性だろう。
でも、今は映像でなんでも勉強できる。
じゃあ、何が固有性なのか。
教授と直接やりとりできることになるだろう。
あとは、大学が提供しているサービスを使うことになってくる。
授業を生かすって言っても、実際に使えるレベルのものまでしないと全く意味ないけど。
生涯労働時間は、約10万時間(40年×250日×10時間)
80歳の人の過ごす時間は約70万時間
そして、人生はジェネーの法則曰く、19歳で折り返し。
2050年には、超少子高齢化社会を迎え、GDPはアメリカ、韓国の半分。中国と同程度。AIの発展。人口1億人以下になるかもしれない。社会の変化はより激しいものになる。
アジアが経済を半分動かす時代になる。先進国と途上国の差はどうなるのだろうか。
これから全く先がわからない中で、どう生きていくのか。どう働いていくのか。どうお金を稼いでいくのか。どう社会人として価値を発揮しお金にその価値を返還していくのか。
将来生きていくために、準備をしなければならない。
何か1つを極めるのか。コミュニケーション能力を極めるのか。自己認知力を極めるのか。
AIを使う側に回るには、何かを実現するという志さえあればいいんじゃないのかね。
AIって何かを実現するための手段だから。
そうなると、それを運用するための専門性だったり、実現したい分野への専門性って必要。
やっぱり専門性って必要なのかもしれない。